細長い舟が水面を走り、何十人もの漕ぎ手が櫂の動きをそろえる。その先端では、サングラスをかけた少年が涼しい顔で腕を回している。そこへ流れるのが、サカナクションの「夜の踊り子」だ。
曲は2012年、舟の映像はインドネシアで撮られた。二つが結び付いたのは2026年である。韓国語圏の投稿で少年の映像へ曲が重ねられ、同じ身振りをまねる動画が増えた。サカナクションの山口一郎も配信でその動きを再現した。同じ時期、日本の配信チャートでも曲の順位が上がった。
元をたどると、インドネシアの伝統行事と、前年に世界を回った別のミームがある。
船の少年は何をしている?
映像の舞台は、インドネシア・スマトラ島のリアウ州クアンタン・シンギンギ県で行われる「パチュ・ジャルール」だ。地域の言葉で「パチュ」は競争、「ジャルール」は細長い舟を指す。
一本の丸太をくり抜いた舟には、約50~60人が乗る。漕ぎ手だけでなく、進行を指揮する人、舵を取る人、体を揺らしてリズムを作る人もいる。船首で踊る子どもは「トガック・ルアン」や「トゥカン・タリ」と呼ばれる。
子どもが立つのは、体が軽く、舟の速さを落としにくいからだ。舟が先頭へ出ると踊りで観客へ知らせ、漕ぎ手を励ます。この役目は短い動画が生まれるずっと前から続いている。
ジャルールは17世紀ごろ、川沿いの村で農産物や人を運ぶために使われていた。約100年後に速さを競う舟へ変わり、祭りになった。現在はインドネシア独立記念日の時期に開かれる。スマートフォンの画面に現れた少年は、数百年続く舟の使い方の先に立っていた。
2025年の元ミームでは別の曲が流れていた
少年の名前はRayyan Arkan Dikha。2025年当時は11歳だった。本人は、腕を滑らかに動かす踊りを誰かに教わったのではなく、その場で思いついたと取材に答えている。
リアウ州の公式メディアによると、映像を撮ったのはDimas Eka Yuda。2025年5月、川に入りながら撮影した映像をFacebookへ投稿した。そこには加工した映像も追加の音楽もなく、会場の声と川の音が入っていた。
その後、透かしを外した転載動画に、米国のラッパーMelly Mikeの「Young Black & Rich」が付けられた。少年の落ち着いた表情と身振りは、格好よく振る舞って存在感を高めるという意味の「aura farming」と呼ばれ、世界中でまねされた。
ここを分けて考えると混乱しにくい。Rayyanが踊ったのは2025年のパチュ・ジャルール。最初に世界へ広がった音源は「Young Black & Rich」。サカナクションの曲が付いたのは、その映像がミームの型として知られた後だった。
韓国で「夜の踊り子」が新しい音源になった
2026年、韓国語圏の利用者が、舟で踊る少年へ「夜の踊り子」を合わせた。音楽ジャーナリストの柴那典は、韓国の利用者「스우」が投稿した動画を、広がるきっかけの一つとして挙げている。
現存する公開投稿から確認できるのは、韓国で流行が広がった時期までだ。同じ映像は何度も転載され、短い動画では元の投稿者名が消えることもある。このため「스우が最初に作った」と言い切るより、韓国で流行を押し上げた一人とするのが正確だ。
韓国語では曲名を「밤의무희」と書く。柴が2026年5月8日に確認した時点で、この語を使ったTikTok、Instagram、YouTube Shortsには、舟の少年を再編集した動画や、同じ身振りを再現する投稿が並んでいた。
なぜ韓国の投稿者がこの曲を選んだのか。確認できる本人の説明は見つかっていない。曲名に「踊り子」が入り、映像では少年が踊っている。ただし、この一致を選曲理由と断定できる記録はない。分かるのは、韓国語圏で組み合わせが増えたことと、「스우」の投稿がその初期に確認されていることだ。
山口一郎も同じ動きをした
韓国語圏で投稿が増えた後、山口一郎は自身の配信でミームの身振りを再現した。その場面も短く切り出され、投稿された。柴は5月8日の記事で、山口の動画がすでに広まっていると記録している。
再生数にも変化が出た。Billboard JAPANは、2026年春に韓国発のミームで再注目されたと報じている。同誌のストリーミング・ソング・チャートでは5月20日公開分から首位に立ち、6月初めまで3週続いた。6月には国内ストリーミング累計1億回を超えた。
TikTokが2026年7月に発表した上半期の集計では、関連動画の総再生数が5月時点で11億回を突破していた。この数字が数えているのは、曲を使った動画全体の再生だ。投稿の増加と国内チャートの上昇は同じ時期に起きたが、山口の参加前後で再生が何回増えたかは公表されていない。
曲はもともと何のために作られた?
「夜の踊り子」は2012年8月29日に出たサカナクションの7枚目のシングルで、モード学園のテレビCMに使われた。映像より14年早く、インドネシアの舟競争とも直接の関係はない。
発売当時のミュージックビデオでは、夏の富士山を背にメンバーが演奏している。今回のミームを見て原曲を探した人がたどり着くのは、少年も舟も登場しない映像だ。
14年後、昔のMVとは別に、舟の少年を使った投稿が増えた。2025年に世界へ広がったパチュ・ジャルールの映像へ、2026年に韓国語圏の利用者が「夜の踊り子」を重ねた。まねる投稿が続き、山口一郎本人も同じ動きをした。同じ春、日本の配信チャートで曲が上昇した。
最初に「夜の踊り子」を合わせた人物と、その選曲理由は確定していない。経路として確認できるのは、川の祭りでRayyanが踊り、Dimasが撮り、別の曲を付けた「aura farming」が世界へ広がった後、韓国語圏で「夜の踊り子」を付けた投稿が増えたことだ。山口一郎の動画と日本の配信チャート上昇が、その後に続いた。
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ビクターエンタテインメント
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Victor Entertainment
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Ministry of Tourism, Republic of Indonesia
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Media Center Riau
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ABC News
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柴那典
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Billboard JAPAN
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